いくら下町探訪と銘打っているとはいえ、目黄不動だけで終わらせてしまっては料簡が狭すぎると過ぎるとお叱りを受けてしまいますね。隅田川を渡って西は世田谷区まで、残りのお不動様を訪ねることにします。

赤・黒・青・白の順に、残りの四色のお不動様を訪ねます。

 まず目赤不動です。お不動様は、南北線本駒込駅から徒歩2分位のところにある天台宗大聖山南谷寺(なんこくじ)に鎮座しておられます。

   南谷寺山門    目赤不動本堂

 お寺は、元和2年(1616年)、比叡山南谷にいた万行律師によって開山された。万行律師が三重県の赤目山の山頂で祈願していたところ授かった黄金の不動明王が赤目不動尊で、同律師はこの黄金の像を都立駒込病院隣の「動坂上」に庵を結んで安置した。

 嘉永5年(1628年)、鷹狩に訪れた三代将軍家光は、赤目不動と呼ばれていた黄金の像を、目黒不動・目白不動にちなんで目赤不動と呼ぶように命ずるとともに、現在のお寺の所在地に土地を与えて遷座させた。それ以降、赤目不動は、目赤不動と呼ばれるようになった。

 以上が、目赤不動由来記となります。

 まずは、肝心の目赤不動尊です。私の下手な写真技術のため鮮明ではありませんが、その迫力の一端はお伝えできているのではないでしょうか。

    目赤不動堂    目赤不動尊

  次は、かって目赤不動尊が安置されていた動坂上を目指します。丁度、本駒込から有名な都立駒込病院への道を辿ります。道中お寺が目立ち、周辺が寺町であることが分かります。駒込病院を過ぎたところに動坂上との説明標識があり、そこには「江戸名所図会には千駄木に動坂の号あるは不動坂の略語にて草堂ありし旧地なり」とありました。きょろきょろ見回しても、かってのお不動様の安置場所は分かりません。

    動坂説明版   動坂上より

  仕方なしに動坂下まで行き、お蕎麦屋で昼食にしました。お代の支払いついでに、ご主人にお不動様のいらっしゃったお堂跡地をお聞きすると、坂上の浜田理容室のそばと教えてくださいました。

坂上まで戻って理容室のご主人にお聞きすると、隣のコインパーキングの場所がお堂跡地とのことでした。

    赤目不動尊跡地

 目印一つ残っていないため、目を瞑って想像力をたくましくするしかありませんでした。この跡地に置かれていた日限地蔵は、現在は近くの徳源院に置かれています。折角お参りしてきたにも拘らず、写真に撮って来そびれたため、ネットから引用でご勘弁ください。

    

     と徳源院日限地蔵